AIに指示すれば、デザインは一瞬で形になります。
その便利さの裏で、若手が仕事を通じて力をつける入口が静かに狭まっています。0から手を動かして覚える下積みの機会は減り、経験を積む前に「AIでいい」と言われてしまう場面が増えました。
筆者は制作会社で14年、グラフィックとWebとUI/UXを横断しながら大型案件を担当し、若手を指導してきました。その現場で感じるのは、努力の方向さえ間違えなければ若手はむしろ早く伸びる、という手応えです。
この記事では、下積みが消えた時代にジュニアデザイナーがどうキャリアを築くのかを、育てる側の視点で具体的に示します。
この記事のポイント
- 新人採用は最大80%減、下積みの入口は構造的に縮小
- 基礎力がなければAIの出力は判断できない
- 若手が戦えるのは判断とAI活用と越境の3領域
- 最初の1年はAIを日常化し判断の実績を作る
目次
AI時代にジュニアデザイナーが生き残る答え

結論から言えば、生き残る若手は作業の速さではなく判断の質で評価される側に回っています。基礎力を土台に、判断とAI活用と越境の3つを積む人が、年次に関係なく任されます。
かつてのジュニアは、バナーの量産や素材のトレースといった単純作業を数多くこなし、その反復の中で手を動かす技術と目を養いました。
新人はまず手を動かし、先輩の修正を受け、少しずつ任される範囲を広げます。この階段が、AIによって下から崩れ始めています。単純作業ほど自動化が速く、若手が最初に任されていた仕事から先に消えていきます。
ここで多くの記事は「AIを使いこなせば大丈夫」と締めます。ですが現場の実感は少し違います。AIは形を出せても、その形が良いか悪いかを決めてはくれません。
良し悪しを判断するのは人間で、その判断は基礎的なデザイン力の上にしか育ちません。土台のない人がAIを使うと、出力の善し悪しがわからないまま、それらしい案を選んで満足してしまいます。
だから答えは二段構えになります。作業量に頼る旧ルートは捨てます。しかし基礎力そのものは捨てず、AIを使って効率化した時間で意図的に鍛えます。
土台を作りながら、その上に判断とAI活用と越境を積みます。これが下積みが消えた時代の現実的な生存戦略です。
言い換えれば、若手が目指すのは「速く作れる人」ではなく「何を作るべきかを決められる人」です。この一点に評価軸が移ったことを理解すれば、日々の努力の配分は自然と変わってきます。
この記事では、まず下積みが壊れた構造を確かめ、次に人間に残る仕事の境界を引き直します。
そのうえで、若手が価値を出せる領域と経験の積み方、伸ばすべきスキル、ポートフォリオ、最初の1年の手順まで順に落とし込んでいきます。
抽象的な励ましではなく、明日から動ける形にするのが狙いです。この主張を証明するために、次章ではまず「なぜ従来の下積みルートが壊れたのか」を、雇用の実データと現場の変化から確かめていきます。
ジュニアの下積みルートが壊れた理由

下積みが消えたのは若手の努力不足ではなく、仕事の構造が変わったからです。AIが初級作業を吸収し、経験を積む入口そのものが縮小しました。これは日本だけの現象ではありません。
海外では、AIを導入した企業で新人採用が大きく落ち込んでいます。ある調査では、AIを積極導入した企業で新卒レベルの採用が最大80%減ったと報じられました。
専門メディアも、新人が最初の一段を上れない状況を労働市場の危機として取り上げています。これは特定の職種に限った話ではなく、若手が現場で鍛えられる機会そのものが痩せていく大きな流れの一部です。
デザインの現場も無縁ではありません。生成AIを日常業務で使うデザイナーは調査時点で半数を超えており、素材制作やモックアップのような初級工程ほどAIに置き換わりやすいのが実情です。
若手に回っていた仕事が、そのまま自動化の最前線に重なっています。
ここで押さえておきたいのは、これが景気や一時的な採用縮小とは性質が違うという点です。仕事の総量が減ったのではなく、若手が担っていた工程の中身が変わりました。だから景気が戻れば元通りになる、という期待は持たないほうがいいでしょう。
前提が変わった以上、こちらの動き方を変えるしかありません。
経験を積む入口が縮小している
かつて若手の担当だった仕事が、そのままAIの担当に移っています。ここでは筆者の現場で起きた変化を挙げます。
- 提案資料のドラフト作成をAIに任せるようになった
- グラフィックの素材制作をAIで一次生成するようになった
- UIイメージのモックアップをAIで素早く起こすようになった
- 企画のたたき台づくりもAIに投げて数を出すようになった
この結果が示すのは、若手が数をこなして覚えていた工程が、練習の場ごと減っているという事実です。
筆者自身、0から手を動かしてデザインする機会が明確に減ったと感じています。効率は確かに上がりました。ですがその効率化は、若手から練習量を静かに奪う副作用を伴っていました。
基礎力を養う時間が奪われている
問題は仕事が減ることではなく、力をつける機会が減ることです。手を動かす回数が減れば、目も手も育ちにくくなります。
若手を見ていると、ディテールの作り込みの甘さがなかなか抜けません。余白の詰め、文字間の調整、色のわずかな差といった細部で、仕上がりの説得力は決まります。
ところがAIの出力に速さで追いつけず、かといって自分の手で詰め切る反復量も足りません。この二重の不利が、今のジュニア特有の壁になっています。
指導する側にも変化があります。かつては簡単な作業を任せながら少しずつ育てられましたが、その作業自体をAIが引き受けるようになりました。
結果として、若手に渡す仕事を意図的に設計しないと、経験を積ませる場が作れません。育てる側も、下積みが消えた前提で関わり方を組み替える必要に迫られています。
壊れたのは入口だけで、デザイナーに求められる中身がゼロになったわけではありません。むしろ、細部を判断できる目の価値は上がっています。
次章では、AIに代替される仕事と人間に残る仕事の境界を引き直します。
AIに代替される仕事と残る仕事の境界

代替されるのは量産と単純制作、残るのは要件定義と情報設計と合意形成です。境界は「手の作業か、頭の判断か」でほぼ引けます。
AIが得意なのは、条件を与えれば大量の候補を素早く出すことです。バリエーション出し、素材の一次生成、定型レイアウトの叩き台づくりは、人間より速く安く仕上げます。ここで速さを競っても若手に勝ち目はありません。むしろ、AIが出したものをどう扱うかにこそ人間の仕事が移っています。
一方でAIが苦手な領域は、はっきりしています。
クライアントの曖昧な要望を課題に翻訳する、情報の優先順位を決めて構造を設計する、関係者の意見を調整して合意を作る。どれも正解が一つでなく、文脈と対話の中でしか決まりません。ここは経験の浅い若手でも、向き合い方次第で価値を出せる場所です。
具体的にどの仕事がどちらに寄るのかを、現場の感覚で整理しておきます。
- AIに寄る仕事は、素材の量産と定型バナーの複製と既存トンマナでのバリエーション出し
- 人に残る仕事は、課題の定義と情報の優先順位づけとクライアントとの合意形成
この線引きが示すのは、若手が力を注ぐべき先は前者の速さではなく後者の質だということです。速さの勝負に付き合うほど、代替される側に自分から寄っていってしまいます。
判断はAIに渡せない
AIは選択肢を出せても、どれを選ぶかは決めてくれません。この最後の一歩を担えるかどうかが、代替される側と残る側を分けます。
筆者が手応えを感じたのも、まさにここでした。
クライアントを納得させる品質のグラフィックを作れたこと、そしてデザイン以外の構造まで含めて課題を解決する提案ができたこと。
この二つは、AIに条件を投げるだけでは決して出てこない成果でした。要望の奥にある本当の課題を掴み、デザインの範囲を越えて解決策を組み立てます。そこに人間の仕事が残っています。
判断は基礎力の上にしか立たない
判断の質は、基礎的なデザイン力という物差しがあって初めて機能します。物差しがなければ、AIの出力を前にしても良し悪しを言語化できません。
物差しを持たない人は、結局は見た目の第一印象で選ぶしかありません。なぜその案が良いのかを説明できず、修正の指示も曖昧になります。
逆に基礎がある人は、崩れた余白や不自然な文字組みに一目で気づき、直すべき点を具体的に指示できます。次章では、その物差しを持つ若手が今すぐ戦える具体的な場所を示します。
ジュニアが価値を出せる3つの領域

若手が今すぐ価値を出せるのは、判断力とディレクションとAI活用の3領域です。いずれも年次の長さより、向き合い方で差がつきます。
年数が浅くても評価される人は、この3つのどこかに軸足を置いています。逆に、手の速さだけで勝負しようとする人は、AIと消耗戦になって疲弊します。順に見ていきます。
判断力で信頼を得る
判断力とは、複数の案から根拠を持って選び、なぜそれが良いかを言葉にできる力です。基礎デザイン力がそのまま土台になります。
AIが出した10案から1案を選ぶとき、「なんとなく良い」ではなく「余白の取り方が情報の優先順位に合っている」と言える人は強いです。選定と言語化ができれば、制作の速さで劣っても仕事は回ってきます。
打ち合わせの場で判断の理由を即座に述べられる若手は、それだけで信頼されます。
この力は、意識して鍛えれば年次に関係なく伸ばせます。日々の制作で「なぜこの案にしたか」を一言でも残す習慣が、そのまま判断力の筋トレになります。
20代のうちにこの力を育てた人がどうキャリアを伸ばすかは、20代デザイナーのリアルな年収とキャリアの実態も参考になります。
ディレクションで越境する
ディレクションは、自分が手を動かすのではなく、成果物の方向を決めて人やAIを動かす仕事です。若手でも小さな範囲から始められます。
一つの案件で、素材はAI、コーディングは外注、方針は自分という座組みを回せれば、それはもうディレクションの入口に立っています。
手の速さで勝てない分を、段取りと判断で埋める発想です。全体を仕切る必要はなく、自分の担当範囲の中で「何を誰に任せ、どこを自分が握るか」を決める練習から始めれば十分です。
この経験は、将来UI/UXやアートディレクションへ広げていくときの土台にもなります。手を動かす一人の作業者で終わるか、方向を決める側に回るか。その分岐は、若手のうちに小さな仕切りを経験したかどうかで変わってきます。
AI活用で下地を作る
AI活用は、単にツールを触ることではなく、AIを試行の相棒として使いこなすことを指します。ここが3領域をつなぐ下地になります。
筆者は企画のドラフト案づくりから提案資料の下書きまで、AIを日常的に使っています。目的は楽をするためではなく、判断に使える時間を増やすためです。
生成にかかっていた時間を削り、その分を「どの案を選ぶか」「なぜこの方向か」を考える時間に振り替えています。
若手のうちからこの使い方に慣れておくと、AIを触ること自体が学びの機会に変わります。生成の速さは、うまく使えば練習の回数を増やす装置になります。
ツールへの苦手意識をなくし、日常の相棒にしておくこと。それが判断力とディレクションを支える下地になります。この使い方は次章の経験の積み方に直結します。
作業量に頼らない新しい経験の積み方

新しい経験は、数をこなすのではなく、AIで試行回数を増やし振り返りの質で経験値に換えることで積みます。量の時代から質の時代への転換です。
かつては100枚のバナーを作れば100回の練習になりました。今はその工程がAIに移った以上、同じやり方では練習量を確保できません。代わりに使えるのが、AIの試行速度です。生成そのものは一瞬で終わるからこそ、その後の振り返りに時間を注げます。
AIを使えば、一つのテーマで10案を数分で出せます。大事なのは出すことではなく、その10案を自分で評価し、なぜ良い悪いを判断したかを記録することです。
この振り返りが、手を動かす反復の代わりに目を鍛えます。採点し、言語化し、次の生成に反映します。この一周ごとに判断の精度が上がっていきます。
さらに一歩進めるなら、良いと判断した案を自分の手で微調整してみるといいでしょう。AIの出力をそのまま使うのではなく、余白や色をわずかに直す作業が、手の技術と目のすり合わせになります。
生成を出発点にして、最後の詰めを自分で担います。この習慣が、AI任せでは決して身につかない仕上げの力を育てます。
以下は、従来の下積みと、AI時代に筆者が若手に勧めている積み方を対比したものです。
| 習得したい力 | 従来の下積み | AI時代の積み方 |
|---|---|---|
| 手を動かす技術 | 素材を大量にトレース | AI一次生成を自分で詰め直す |
| 目を鍛える | 先輩の修正を見て覚える | AIの複数案を自分で採点し言語化 |
| 判断力 | 数をこなして感覚を得る | 選定理由を毎回記録して検証する |
| 提案力 | 案件経験の蓄積を待つ | 課題設定から自分で仮説を立てる |
この表が示すのは、練習の中身をAI前提に組み替えれば、少ない案件でも経験値は積めるということです。ただし振り返りを省けば、AIは単なる時短ツールで終わり、力は残りません。生成して満足するか、生成物を教材として使い倒すか。その差が半年後に大きく開きます。
積み方が決まったら、次に問われるのは何を優先して鍛えるかです。次章でスキルの優先順位を整理します。
これから優先して伸ばすべきスキル

優先すべきは、AI活用と情報設計とコミュニケーションを、手を動かす技術より先に積むことです。ただし基礎デザイン力は全ての土台として並行して鍛えます。
限られた時間をどこに配分するかで、伸び方は大きく変わります。順番を間違えると、AIと速さを競う消耗戦に入り込みます。ここでは優先度を三層に分けて考えます。
土台となる基礎デザイン力
最優先は、レイアウトと配色とタイポグラフィという基礎です。派手さはありませんが、AIの出力を判断する物差しになります。
基礎がある人は、AIが崩した余白や不自然な文字組みに一目で気づきます。基礎がない人は違和感を説明できず、修正指示も曖昧になります。
基礎力は時代が変わっても価値が下がらない、数少ない投資先です。トレンドのツールは数年で入れ替わりますが、情報を整理して見せる原理は変わりません。
基礎力の鍛え方も、AIを味方につけられます。
優れた作品を模写して構造を分解する、AIの出力と自分の手直しを見比べて差を言語化する、といった地道な反復です。
0から全部を作る機会が減ったからこそ、既にあるものを観察して盗む練習の価値が上がっています。手を止めて考える時間を、意識して日課に組み込みたいところです。
AIを前提にした実務スキル
次に、AIを実務に組み込むスキルを積みます。ここが今の時代に固有の差になる領域です。中心となるのは次の3点です。
- 狙った出力を引き出すプロンプトの設計
- 大量の生成物から使えるものを選ぶ取捨選択
- 生成物を既存の制作フローに接続する段取り
この3点が回せると、AIは道具から戦力に変わります。具体的な組み込み方は、生成AIに奪われないためのWebデザイナーのAI活用法とキャリア戦略に詳しくまとまっています。
人にしか担えないソフトスキル
最後に、要件を引き出し合意を作るコミュニケーション力を鍛えます。ここはAIが最も苦手とし、若手が差をつけやすい領域です。
仕組み化されたヒアリングのフローを持つだけでも、クライアントへの説明と説得は目に見えて上達します。
筆者の現場でも、この型を渡した若手は提案の通り方が変わりました。聞くべき順番と確認すべき点が決まっていれば、経験が浅くても打ち合わせを前に進められます。
コミュニケーション力は、才能ではなく設計で伸ばせます。何を聞き、どう提案の理由を並べるかを型として持っておけば、緊張しやすい人でも安定して力を出せます。
AIが進むほど、この人間同士のやり取りを担える人の価値は相対的に上がっていきます。次章では、その力を可視化するポートフォリオの作り方に移ります。
AI前提で変わるポートフォリオの作り方

これからのポートフォリオは、完成物の美しさより、課題設定とAIをどう使ったかの思考プロセスを見せるものへ変わります。見た目だけなら誰でもAIで作れる時代だからです。
採用する側は、きれいな成果物を見ても本人が作ったのかAIが作ったのかを判断できなくなっています。だから評価の重心が、結果から過程へ移っています。完成度の高さは、もはや本人の実力を保証しません。
見せるべきは、どんな課題をどう捉え、なぜその方向に決め、AIをどこで使ってどこを自分で詰めたか、という一連の判断です。この過程こそ、本人の基礎力と判断力を証明します。
過程を語れる作品を選ぶ
載せる作品は、完成度より説明できる深さで選びます。1案の背景を語れる作品が、10案の見栄えに勝ります。
作品ごとに、課題の定義と自分の判断とAIの使いどころを短く添えます。「なぜこの配色か」「なぜこの構成か」を一言で説明できれば、成果物は判断の証拠に変わります。逆に、説明できない作品は何枚並べても実力の証明にはなりません。
数を絞る勇気も要ります。自信のある3案を深く語るほうが、平凡な20案を並べるより印象に残ります。採用側は短い時間で多くの候補を見ており、過程まで語られた作品ほど記憶に残りやすいものです。
基本的な構成の作り方は、転職成功者が解説するWebデザイナーのポートフォリオの作り方で体系的に確認できます。
AIの使いどころを正直に書く
AIを使ったことは隠さず、むしろ積極的に書きます。どこを任せどこを自分で判断したかは、そのまま仕事の進め方の見本になります。
採用側が知りたいのは、AIを避けられるかではなく、AIと一緒にどう成果を出すかです。使いどころを言語化できる若手は、それだけで即戦力に見えます。
むしろAIを一切使っていない作品ばかりだと、現場の進め方に馴染めるのか不安を持たれることすらあります。時代の道具を前提に働ける人だと示すことが、これからの信頼につながります。
ポートフォリオが判断の証拠になれば、あとはそれを最初の1年でどう作るかです。次章で具体的な手順に落とします。
最初の1年で踏むべき具体ステップ

最初の1年は、AIを日常に組み込みながら、小さな実案件と発信で判断した実績を作ることに集中します。順番を守れば、経験の浅さは大きなハンデになりません。
ここでは、筆者が若手に勧めている1年間の進め方を段階で示します。それぞれの時期でやることを絞るのがコツです。
- 最初の3カ月はAIを毎日使い、生成と自分の判断を必ずセットで記録する
- 次の3カ月は基礎の学び直しと並行し、小さな実案件やコンペに応募する
- 後半の6カ月は制作過程を発信し、判断を言語化した作品を積み上げる
この流れが示すのは、手の速さを磨く前に、判断と実績づくりを前倒しするという発想です。最初から完璧を目指さず、記録と発信を習慣にすることが1年後の差になります。
最初の3カ月で記録を重視するのには理由があります。生成と判断をセットで残しておくと、後半で発信する段になったとき、語れる過程がそのまま素材になるからです。
記録のない生成は流れて消えますが、記録のある生成は資産として積み上がります。未経験から内定までの全体像は、未経験から内定までのWebデザイナー転職ロードマップで確認しておくと迷いが減ります。
小さく出して回転数を上げる
大事なのは、完璧な準備を待たずに小さく世に出すことです。出して、反応を見て、直します。この回転数が、下積みが減った分の経験を補います。
コンペへの応募、知人の名刺やバナーの制作、SNSでの制作過程の共有。どれも小さいですが、他者の反応という本物のフィードバックが得られます。閉じた練習を100回するより、開いた実践を10回するほうが、判断は速く育ちます。
発信は、実績づくりと採用対策を兼ねます。制作過程を言葉にして残すことは、そのまま判断力の訓練になり、同時に人目に触れる作品を増やします。
反応がつけば改善のヒントになり、つかなくても記録は積み上がります。うまくいかなくても損はない構造を、早いうちに自分の中に作っておきたいところです。逆に、やってはいけない動きもあります。次章で整理します。
時間を溶かすやってはいけない行動

最も時間を溶かすのは、作業スキルの丸暗記とAIの回避、そして完璧なポートフォリオの完成待ちです。どれも良かれと思ってやりがちな点に注意がいります。
努力の総量ではなく、方向を間違えると、頑張っているのに伸びないという状態に陥ります。ここでは避けたい三つの動きを挙げます。
作業スキルだけを追いかける
特定ツールの操作手順を暗記することに時間を注ぐのは危ういです。操作はAIと自動化に吸収されやすく、覚えた頃には価値が下がっています。
手を動かす技術は必要ですが、それは判断力を支えるための基礎であって、目的ではありません。ツールの使い方より、そのツールで何を良くするのかを考える時間を優先したいところです。新しいツールが出るたびに操作習得へ走るのではなく、どんなツールでも通用する見る目を育てるほうが、長い目で見て減価しません。
AIから距離を置いてしまう
「まず自分の実力で」とAIを避けるのは、一見正しく見えて危ういです。現場はAI前提で回り始めており、触らないほど差が開きます。
避けるべきは、AIへの丸投げと、AIの回避という両極です。丸投げは力が残らず、回避は時代から取り残されます。使いながら自分の判断を鍛えるという中間を取ります。
基礎力を大切にすることと、AIを避けることは別の話です。ここを混同すると、基礎を守るつもりでAIから逃げ、結果として現場から遅れてしまいます。基礎は自分の手で鍛え、実務はAIと組んで進めます。二つを同時に回すのが、遠回りに見えて最も速い道です。
完璧を待って世に出さない
作品を磨き続けて公開しない人は多いです。ですが未完成でも出して反応を得たほうが、閉じたまま磨くより速く伸びます。
筆者が見てきた中でも、伸びる若手ほど早く出して早く直します。ディテールの甘さは、出して指摘される中で最も速く抜けていきます。
抱え込む時間が長いほど、成長は遅くなります。次章では、AIと組んで実際に伸びた若手の姿を具体的に描きます。
AIと協業して伸びた若手デザイナーの事例
伸びる若手に共通するのは、AIを試行の相棒にして人間側の判断に集中し、短期間で任される側に回ったことです。ここでは筆者の現場での観察を紹介します。
ある若手は、素材づくりや叩き台をAIに任せ、空いた時間を提案の中身を練ることに使いました。手の速さでは他のメンバーに劣っても、なぜこの案かを語れる強さで、担当領域を広げていきました。打ち合わせで方針の理由を明快に話せるため、クライアントからの指名も増えていきました。入社からの年数は浅かったのですが、任される仕事の質は年次以上でした。
もう一つ印象的だったのは、仕組み化されたヒアリングのフローを渡したときの変化です。それまで説明が苦手だった若手が、型に沿って話すだけでクライアントへの説得が上達し、打ち合わせを任せられるようになりました。聞く順番が決まっているだけで、経験の浅さは目立たなくなりました。
二人に共通するのは、AIで浮いた時間を判断と対話に再投資した点です。AIを敵と見なして避けるのでも、便利な下請けとして丸投げするのでもなく、自分の判断を鍛える相棒として使いました。空いた時間を何に使うかが、伸びる若手と止まる若手を分けていました。
逆に伸び悩む若手は、AIで速くなった分だけ多くの作業をこなそうとする傾向がありました。処理量は増えても、判断の経験は積み上がりません。同じAIを使っても、時短に使うか、思考を深めるために使うかで、半年後の到達点はまるで変わります。ここでも効いてくるのは、出力を評価できる基礎力の有無でした。
年次の長さは、もはや信頼の絶対条件ではありません。判断と越境で価値を示せる若手は、キャリアの階段を一段飛ばしで上がっていけます。この変化は、下積みが消えたことの数少ない恩恵でもあります。
よくある質問
AI時代のジュニアデザイナーのキャリアについて、現場で受けることの多い質問に答えます。
AIが普及するとデザイナーは本当に不要になりますか
不要になるのは単純制作を担う人で、判断や合意形成を担う人の需要は残ります。手を動かす速さから、方向を決める力へ評価軸が移るだけで、デザイナーという役割自体が消えるわけではありません。
未経験からでもAI時代にデザイナーを目指せますか
目指せますが、進め方は以前と変わります。作業量で覚える前提を捨て、基礎力とAI活用と判断の言語化を並行して積む設計に切り替える必要があります。入口が狭い分、方向を間違えないことが以前より重要です。
基礎デザイン力とAIスキルはどちらを先に学ぶべきですか
両方を並行し、優先度は基礎力に置きます。基礎がなければAIの出力を判断できず、AIを使えなければ実務の時間が確保できません。基礎で物差しを作り、AIでその物差しを使う回数を増やす関係だと考えると整理しやすいです。
ジュニアのうちからディレクションを意識すべきですか
意識すべきです。全体を仕切る必要はなく、素材はAI、方針は自分といった小さな座組みから始めれば十分です。手を動かす以外の関わり方を早くから経験することが、越境の第一歩になります。
AIで作った作品をポートフォリオに載せてもよいですか
載せて構いません。むしろどこをAIに任せどこを自分で判断したかを明記すると、仕事の進め方を示す材料になります。採用側が見たいのは完成度そのものより、AIと協業して成果を出す力だからです。
まとめ
AIによって、若手が作業を通じて力をつける下積みの入口は確かに狭まりました。ですがそれは、デザイナーに求められる中身が消えたことを意味しません。量産や単純制作はAIに移り、判断と情報設計と合意形成という頭を使う仕事が人間に残ります。
生き残る若手は、作業の速さを競うのをやめ、基礎デザイン力を土台に判断とAI活用と越境を積んでいます。基礎力がなければAIの出力を判断できず、AIを使えなければ実務の時間を作れません。この二つは対立ではなく補い合う関係です。
業務をこなしながら、意図的に基礎力を鍛えます。地味ですが、これが下積みが消えた時代に最も確実な道だと筆者は考えています。