Webデザイナーは将来なくならない。
多くの記事がそう言って読者を安心させようとします。しかし筆者は、今の形のWebデザイナーという仕事はほぼなくなると考えています。
かつて印刷業界で版下からDTPへの移行を目の当たりにした経験から、同じ構造の変化がいまWebデザインでも起きているように見えるからです。
ただし工程がなくなっても、最終的な成果物とデザイナーというポジションそのものは形を変えて残り続けます。
この記事のポイント
- 今の作業としてのWebデザイナーはほぼなくなる
- 版下からDTPへの移行と同じ構造変化が起きている
- 優秀な人材の採用に8割の企業が苦戦している
- 成果物とポジションは形を変えて残り続ける
今のWebデザイナーの仕事はほぼなくなる

結論から言うと、PCを操作して画面を組み立てるという今の作業内容としてのWebデザイナーの仕事は、ほぼなくなります。
AIに指示を出すだけで画面のレイアウトが生成される時代に、マウスとキーボードで一つひとつのパーツを配置していく作業は不要になっていきます。これは悲観ではなく、筆者が印刷会社で見てきた歴史の繰り返しに過ぎません。
もう少し具体的に見ていきます。Webデザイナーの日々の作業には、余白の調整、画像の配置、レスポンシブ対応のブレイクポイント確認といった、手を動かして微調整を重ねる工程が多く含まれています。ノーコードツールやAIアシスタント機能付きのデザインツールは、こうした調整作業を短時間で肩代わりできるようになってきました。指示文を打ち込めば複数のレイアウト案が自動生成され、そこから選ぶだけで一応の体裁が整ってしまいます。
以前であれば半日かけて調整していたトップページのレイアウトが、指示文を数回打ち直すだけで形になります。これまで多くの時間を割いてきた「手を動かす部分」が、これから急速に縮んでいく実感があります。
Webデザイナーという肩書きが指してきた「PC操作でレイアウトを組む」という工程そのものが、AIという新しい道具に置き換わります。実際、優秀な人材の採用に苦戦する企業は8割近くにのぼるという調査結果もあります。しかし、この数字が示すのは人材不足であって、仕事の総量が減らないという保証ではありません。むしろ、誰にでもできる作業ではなく、判断が必要な部分にだけ人手が求められている裏返しとも読めます。
工程が消えることと、業界や成果物が消えることはまったく別の話です。この違いを理解しないまま「なくならない」と信じ続けることのほうが、筆者はよほど危険だと感じています。作業がなくなるという現実から目を逸らさず、その先に何が残るのかを見ていく必要があります。
ここで大切なのは、悲観して手を止めることではありません。むしろ、なくなる部分をはっきりさせるほど、残る部分に集中しやすくなります。次の章では、この構造が過去にも同じ形で起きていたことを、印刷業界の実例から見ていきます。
版下からDTPへの移行に見る構造変化

版下や写真植字といった言葉になじみがなくても心配はいりません。ここで見ていくのは、いまWebデザインの現場で起きている変化と同じ構造が、過去の印刷業界でもすでに起きていたという話です。
筆者自身は版下の実務を経験していません。印刷会社に入った頃にはすでにDTPが主流になっており、当時を知る先輩デザイナーの仕事ぶりを見て育った世代です。その先輩たちは、版下時代に写真植字で出力した文字や写真を台紙に切り貼りしてレイアウトを組んでいました。一度貼り付けたものをやり直そうとすれば、文字を出力し直し、台紙を作り直す手間がかかります。だからこそ、手戻りのコストはとにかく重いものでした。この重さがあったからこそ、文字サイズや余白の感覚に対する感度が異様に高く、手書き文字の造作も驚くほど上手だったのです。
これをWebデザインの言葉に置き換えると、コーディングを手打ちしていた時代の感覚に近いと言えます。一文字直すにもソースを開き直す必要があり、その手間が「一度で決めきる」判断力を鍛えていたのと同じ構造です。
需要そのものは版下からDTPへ移る中で減っていきましたが、そこで培われたスキルが消えたわけではありません。むしろ、DTPというデジタルな道具を手にした先輩たちは、圧倒的な速度で画面構成を組み立てていました。台紙とカッターの代わりにマウスとキーボードを使うようになっただけで、判断の質そのものは切り貼り時代の経験に支えられていたのです。
Webデザイナーに置き換えれば、コーディングを手打ちしていた人がノーコードツールに移っても、レイアウトの精度や修正の速さで一歩抜けていた、という状況と同じです。道具が変わっても、身についた判断力はそのまま使えます。
いまAIへの指示で画面を作る流れが広がっているのは、この構造の最新版にすぎません。PC操作でレイアウトを組んでいた工程は、AIへの指示という新しい工程に置き換わっていきます。マウスで一つずつ要素を配置していた作業が、言葉で指示を出して結果を選ぶ作業に変わります。工程が丸ごと置き換わるという構造自体は、版下からDTPへの移行とまったく同じです。
しかし、そこで問われる本質的な要素、つまり良し悪しを見極める力そのものは、道具が変わっても失われません。プロンプトを打ち込んで生成された案を見たときに、何が良くて何が足りないのかを判断できる目がなければ、道具がどれだけ進化しても成果物の質は上がりません。
この構造をまとめると、次のようになります。
| 時代 | 主な工程 | 求められた感度 | Webデザイナーへの示唆 |
|---|---|---|---|
| 版下時代 | 写真植字と切り貼りによる版下作成 | 文字サイズ・余白への高い感度、手書き文字の造作力 | 手作業の制約が判断力を鍛える構造は、手打ちコーディング時代と同じ |
| DTP移行期 | PC操作によるレイアウト作成 | 版下時代の感度を土台にした作成速度の速さ | ノーコードツール移行期にも同じ速度差が生まれている |
| AI移行期(現在) | AIへの指示によるレイアウト生成 | 審美眼と複数変数のハレーションを解決する判断力 | 今のWebデザイナーがこれから直面する変化そのもの |
この表が示すのは、工程は世代ごとに丸ごと入れ替わってきましたが、成果物という軸で見ると一度も途切れていないという事実です。道具の名前が変わるたびに「この仕事はなくなる」と騒がれてきましたが、実際になくなったのは工程の名前であって、仕事そのものではありませんでした。
作業は変わっても成果物は残り続けた

版下からDTPへの移行期でも、作業内容は一変しましたがポスターやチラシという成果物そのものは変わらず残りました。これをWebデザイナーの話に戻すと、コーディングやレイアウト作業が自動化されても、Webサイトという成果物への需要が消えるわけではないという意味になります。
工程が消えることを怖がる必要がないのは、成果物という単位で見れば、業界は一度も途切れていないからです。版下がDTPに置き換わっても、企業が求めていたのは相変わらず人の目を引き行動を促すデザインであり、その最終形がポスターやチラシであることは変わりませんでした。発注する側にとって重要なのは工程の呼び名ではなく、店頭に並んだときに売上につながるかどうかだったのです。
Webの世界でも同じことが起きています。ノーコードツールやAIがコードやレイアウトを自動生成できるようになっても、企業が求めているのはWebサイトという成果物そのものです。ECサイトであれば購入につながるかどうかが問われます。コーポレートサイトであれば問い合わせにつながるかどうかが問われます。その成果が変わらない限り、作り方が変わっただけで成果物への需要が消えたわけではありません。
先輩デザイナーたちの仕事ぶりを見ていて筆者が感じたことがあります。手作業時代に鍛えられた文字サイズや余白への感度、ラフ段階での粒度の細かさは、DTPに移った後もそのまま武器になっていました。ラフの時点ですでに完成形に近い密度で情報を配置できる人と、そうでない人とでは、その後の修正回数も仕上がりの精度もまったく違っていました。道具が変わっても、良いデザインを見極める目そのものは引き継がれていきます。
この構造から筆者が考えているのは、デザイナーの仕事は縮小したり消えたりする部分がありながら、最終的な成果物という単位では残り続けるという見立てです。Webサイトやポスターといった成果物が今後も企業に必要とされる限り、それを仕上げる役割を持つ人材そのものが不要になることはありません。これは特定の会社や案件に限った話ではなく、成果物そのものに対する企業側のニーズが続く限り、業界全体に当てはまる見立てだと筆者は考えています。
問題は、その役割を誰が担うのかという点に移っていきます。作業そのものが自動化されるなら、次に価値を持つのは、その作業の良し悪しを判断できる立場になることです。判断できる人がいなければ、AIが生成した案をそのまま世に出すしかなくなり、結果として成果物の質は下がっていきます。
たとえば、AIが生成したLPの案が一見きれいに見えても、ターゲットの購買行動に合っていない配置になっていることがあります。ここで違和感に気づけるかどうかが、成果物の質を最終的に左右する分かれ目になります。この違和感に気づく力こそ、版下時代からDTP、Webへと引き継がれてきた感度そのものだと筆者は考えています。
審美眼と調整力を持つ人がポジションを持つ

これから求められるのは画面を手で組む力ではなく、審美眼と複数の変数を調整する判断力です。
筆者は、デザイナーの仕事はこれから審美眼と、媒体を横断したクオリティコントロールの領域へ広がっていくと考えています。ロゴやWebサイト、印刷物、SNS投稿など、異なる媒体に一貫した印象を保たせる判断は、AIが自動生成するパーツを組み合わせるだけでは成立しません。バナーは目立つ配色でも、サイト全体のトーンと矛盾していれば、ブランドとしての印象はかえって損なわれてしまいます。
もう一つ広がるのが、複数の変数がぶつかり合うところで起きるハレーションを解決する仕事です。ブランドの世界観、ユーザーの使いやすさ、事業側の売上目標、これらは往々にして矛盾します。たとえば、ブランドの世界観を優先すれば装飾的な表現が増え、使いやすさを優先すればシンプルな構成が求められます。売上目標を優先すればボタンや訴求文言を目立たせたくなりますが、それがブランドの世界観と衝突することも珍しくありません。この矛盾を調整して一つの解に落とし込む判断力こそ、今後のデザイナーに求められる中心的な役割になります。AIは個々の変数に対する最適解は出せても、複数の変数がぶつかったときにどちらをどれだけ譲るかという落としどころまでは決めてくれません。
この変化への向き合い方は、世代によって二通りに分かれると筆者は見ています。新人デザイナーは、最初から新しい技術を前提にした制作の型を身につけていくことになります。AIが生成した複数案を比較し、目的に合う一案を選び取る訓練を、最初期から積んでいくイメージです。一方で既存のデザイナーは、これまで培ったスキルと新しい技術を組み合わせながら制作していくことになるでしょう。手を動かして培った感度を、AIへの指示や生成結果の評価という新しい工程に転用していく形になります。
どちらの道を歩むにしても、共通して必要になるのは、版下時代からDTP、そしてAIへと道具が移り変わっても失われなかった感度そのものです。作業を手放すことを恐れるのではなく、判断する側のポジションへ意識的に移っていくことが、これからのデザイナーに求められています。
具体的には、AIが出した複数の案を見比べて「なぜこちらの方が良いのか」を言語化してみる習慣が有効だと筆者は考えています。感覚だけで良し悪しを判断していると、次の世代にその感度を引き継ぐことができません。言語化できて初めて、審美眼は個人の勘から仕組みへと変わっていきます。この移行を早く始めた人から、次の時代のポジションを確保していくことになります。
よくある質問
Webデザイナーという仕事は今後何年でなくなりますか?
明確な年数を示すデータは存在しませんが、PC操作でレイアウトを一から組む作業から順に置き換わっていくと筆者は考えています。
未経験からWebデザイナーを目指すのは今からでも遅くありませんか?
遅くはありません。ただし画面を手で組む技術だけでなく、審美眼や判断力を意識して学ぶ姿勢が今後は重要になります。
グラフィックデザイナーとWebデザイナーではどちらが先になくなりますか?
筆者は、印刷物とWebのどちらも工程の自動化が進んでおり、媒体の違いよりも判断力の有無が明暗を分けると考えています。
デザインシステムのような仕組みを作るスキルはどう身につければよいですか?
まずは既存のWebサイトやアプリの構成要素を分解し、共通ルールやパターンを見つける習慣から始めるとよいでしょう。
コーディングを覚えることにまだ意味はありますか?
意味はあります。AIが生成したコードの妥当性を判断できる人材は、そうでない人材より重宝され続けると筆者は考えています。
まとめ
今のWebデザイナーの仕事は、版下からDTPへの移行と同じ構造でほぼなくなっていきます。しかし筆者が版下時代の先輩デザイナーの仕事ぶりから学んだように、工程が消えても培われた感度や、Webサイトという成果物への需要は消えませんでした。これから価値を持つのは、審美眼を持ち、複数の変数のハレーションを解決できる判断力です。新人は新しい技術を武器にし、既存のデザイナーはスキルと技術を融合させながら、それぞれこのポジションを確保していくことになります。
道具の名前が変わるたびに不安になる必要はありません。なくなる工程と残る成果物を分けて考えることが、この先を決める最初の一歩になります。